創業以来、鞄いたがきにとって催し物は、ものづくりを伝える大切な舞台でした。かつては創業者や職人自らが全国の百貨店へ足を運び、素材や製品への想いをお客様へ直接伝えることで、使い方やお手入れ、修理まで含めた長いお付き合いを築いてきました。やがて、その役割は職人から販売スタッフへと受け継がれ、お客様の声は販売現場から製造現場へ届けられ、ものづくりへと活かされるようになります。創業から44年。現在も全国各地でほぼ毎週開催される催し物は、どのように広がり、受け継がれてきたのでしょうか。その歩みを振り返ります。
当時の催し物の様子(板垣 英三)
創業当初、鞄いたがきでは創業者・板垣英三と妻の貴美子が二人で全国の百貨店催事を巡り、お客様と直接向き合いながらブランドを育ててきました。
当時は一度催事に出ると、3か月ほど赤平へ戻れないことも珍しくありませんでした。しかし、英三は著書『北の鞄ものがたり』の中で、その日々をこう振り返っています。
「人さまからは大変でしょうと言われましたが、売れると一日一日がとても楽しく、大変と思ったことは一度もないです。知らない土地でいろいろな方々と鞄を通して楽しい会話ができて、人との触れ合いはなんと楽しいのかと思ったほどですよ」
製品を販売するだけではなく、お客様との会話を重ねながら信頼を築いていくこと。それこそが、創業当時から変わらない鞄いたがきの催し物の原点でした。
職人が催し物を担当していた時代
創業者に続いて、催し物の役割を担うようになったのが職人たちでした。赤平の工房で素材と技術に向き合いながら製品を作り、その製品がお客様にどのように受け止められるのかを、催し物を通して直接知ることができました。
お客様の声に耳を傾け、喜びやご要望を自ら受け止める経験は、職人にとってものづくりを深める貴重な機会となります。自分たちの仕事の先には常にお客様がいることを実感しながら、鞄いたがきのモットーである「自ら作り、自ら売る」という精神は、創業者から職人へと受け継がれていきました。
販売スタッフによる催し物の様子
1995年に直営店がオープンすると、催し物の役割は店舗の販売スタッフへと受け継がれていきました。その後、全国の百貨店から北海道物産展への出展依頼をいただくようになり、現在では年間100件を超える催し物を開催しています。販売スタッフが変わらず大切にしているのは、タンニンなめし革の魅力と職人の技術、そして製品に込められた想いをお客様へ伝えることです。創業者が大切にしていたものづくりの精神を受け継ぎ、一つひとつの製品を通して、その価値や背景まで丁寧にお伝えすることを心掛けています。
本店caféにて(寺田、橋本)
ものづくりの伝え手が、職人から販売スタッフへと受け継がれていく過渡期。その時代を経験した二人のベテランスタッフのエピソードをご紹介します。愛知県にある星ヶ丘三越という一つの催し物の軌跡を辿ると、現在は製造部・販売部の責任者として活躍しているスタッフの現在に至るまでの貴重な話も聴くことができました。
愛知県の星ヶ丘三越で21年前に始まった催し物。当時は北海道物産展の工芸枠に出展し、創業者・板垣英三をはじめとする職人たちが全国の百貨店へ足を運び、お客様へ直接商品を届けていました。その催しを担当していた一人が、現在は製造部責任者を務める橋本実です。
若手社員の育成の様子(橋本)
橋本が催し物に立つようになったのは、入社から5年ほど経った頃のことです。当時は職人自らが催し物へ足を運び、お客様に直接商品を届けるのが当たり前でした。春と秋の北海道物産展の時期には、全国各地の百貨店へ頻繁に出向いていたといいます。
なかでも約2年間担当したのが、愛知県の星ヶ丘三越でした。「当時の星ヶ丘は今とは町の雰囲気も違っていて、三越の近くにはホテルがなかったので、毎日栄のホテルから地下鉄で通っていました。星ヶ丘三越でお客様からいただいた製品へのお褒めの言葉や厳しいご意見は、今でもよく覚えています」
現在は製造部責任者として、若手職人の育成や新商品の開発に取り組んでいますが、若い頃に催し物でお客様と直接向き合い、言葉を交わした経験は、自身のものづくりを支える大切な財産になったと振り返ります。
赤平本店での接客の様子(寺田)
現在、星ヶ丘三越の催し物を担当しているのは、販売部責任者の寺田尚由です。橋本と同世代のベテランスタッフで、2017年に惜しまれつつ閉店した麻布十番店での勤務をはじめ、京都御池店(当時・京都三条店)の立ち上げでは店長を務めるなど、数多くの経験を重ねてきました。現在は北海道赤平市を拠点に、催し物の新規開拓や販売部の若手育成に携わっています。
寺田は長年にわたり名古屋エリアの催し物を担当し、松坂屋名古屋店やJR名古屋タカシマヤをはじめ、愛知県内各地の催しにも数多く参加してきました。
「若い頃から愛知県のさまざまな催し物を経験させてもらいました。当時は周りの工芸品業者の先輩方から催し物のいろはを教えていただき、毎日が勉強の連続でした。お客様から厳しいご指摘をいただくこともありましたが、スタッフを指導する立場になった今、当時お客様から教えていただいたことを伝える場面も多く、そのたびに初心を思い出します」。催し物で培った経験は、自分自身を育ててくれただけでなく、次の世代へも受け継がれる大切な学びとなっています。
製造の様子を見守る寺田と橋本
販売と製造、それぞれの道で20年以上にわたり経験を積み重ねてきた二人。現在はそれぞれの部門の責任者として活躍していますが、その礎となっているのは、若い頃にお客様と真摯に向き合いながら培ったものです。鞄いたがきでは、製造と販売の密なコミュニケーションを何より大切にしています。お客様が製品をどのように感じているのか、どんなご要望をお持ちなのか。その声を販売現場から製造現場へ届け、ものづくりへと活かしていくことが、より良い製品づくりにつながっています。互いに意見を交わしながら、一つひとつの製品に想いを込め、お客様へ届けていく。それが、鞄いたがきのものづくりを支える大切な姿勢です。
赤平本店にて(橋本、寺田)
今では、全国の催し物をきっかけに、赤平本店や各直営店まで足を運んでくださるお客様が増えています。鞄いたがきが多くのお客様と歩んできた歴史があるように、お客様一人ひとりにも製品との思い出があり、「催し物で出会ったことが始まりでした」と話してくださる方も少なくありません。
創業者から職人へ、そして職人から販売スタッフへ。受け継がれてきた想いを大切にしながら、これからもお客様との出会いを一つひとつ積み重ね、タンニンなめし革の魅力をより多くの方へ届けていきたいと思います。